嫌いな教科は、慣れることで好きになる
にんじんと子供の頑なな嫌悪感
子どもの頃は、「にんじんが嫌い」とか「にんじんは食べられない」とかそういうことがよくあるものです。
そのように誰かに言うと、「子どもっぽいね」と大人から切り返されて、更に「嫌い」になるということさえあったかもしれません。
忘れられたにんじんの味
そして、「にんじん」から遠ざかる。
物心ついた時、「にんじん」がどのように「まずい味」だったかも思い出せないくらいに。
これをずっと押し通すと本当に「子どもっぽい」ことになります。
幼児に「『にんじん』の味とは?その味がどのように嫌いなのか?」がわかっているわけではありません。
だから「嫌い」って食べないことはわかりますが、本当は一度食べたくらいでわからないですよね。
「慣れ、親しむ」価値
にんじんの料理法も色々。
10回くらい食べたら、その中に「おいしい」と思える「にんじん」に出会えるかもしれない。
それでもダメなら、100回くらい食べてみることです。
すると、突然100回目に「にんじん」は「とてもおいしく、好きなもの」になるかもしれません。
というより、おそらくなるはずです。
それだけ付き合うと「慣れ」てきますからね。
「慣れる」ことは「親しむ」ことです。
「親しむ」ことは「好き」だということです。
好き嫌いと学習の関連
教科に対する好き嫌いも、食べ物の好き嫌いと似ています。
小・中学校(高校も)では、勉強することは「ごはん」と同じ、成長をするために養分を補強し続けている最中なのです。
偏食がよくないのと同じように、教科の中に「好き・嫌い」を作るべきではありません。
この科目は「嫌い」と思っている人は、幼児の頃1回食べた「にんじん」と同じように、その科目に対して、知らず知らず遠ざけていませんか?
好きな科目はやる時間が多い、だから得意。
嫌いな科目はあまりやらない、だから苦手となるのは当然のことです。
「慣れ、親しむ」まで一度やってみたらどうでしょう。
「好き」というものをトコトン深くやるのは大学生になってからです。
「慣れる」ことの大切さ
「慣れる」というプロセスを通じて、新しいものを受け入れ、最終的には「好き」に変わることがあります。
これは学問にも当てはまり、一度は苦手だと感じた教科も、深く掘り下げてみることで好きになる可能性があります。
サン=テグジュペリの教訓
サン=テグジュペリの「星の王子様」の名言を紹介します。
バラが好きになった王子がキツネに質問します。
「『なつく』ってどういうこと?」
するとキツネは答えます。
「バラをかけがえのないものにしたのは、きみが、バラのために費やした時間だったんだ」