子どもに任せることと放置することは何が違う?|自立を育てる親の関わり方

「そろそろ自分でやらせた方がいい」と言われて、どこまで手を引けばいいのか迷ったことはありませんか。任せた方が自立する、と聞く一方で、口を出すのをやめたら勉強しなくなった、という話もよく耳にします。任せることと放置することは、外から見た形が似ているだけで、中身がまるで違います。この記事では、子どもの自立を考えるときに、家庭でどこまで渡し、どこから手を貸すのかを判断する見方を整理します。
「任せた方がいい」と言われても、どこまで任せればいいのか分からない
子どもの自立を考えるとき、家庭では正反対の迷いが生まれます。
「口を出しすぎない方がよい」と考えて任せたものの、何も進んでいなかった。一方で、毎日の学習を細かく見ているうちに、大人が声をかけないと動きにくくなっていた。どちらも起こり得ることです。
ここで難しいのは、「任せるか、任せないか」という二択では考えにくいことです。実際の家庭学習では、時間は自分で決められるのに、何をやるかはまだ決めにくい、といったことがあります。
つまり、子ども全体を見て「もう任せてよい」「まだ任せられない」と決めるよりも、何をどこまで本人に渡せるかを項目ごとに見る必要があります。
任せることと放置することは、どこが違うのか
放置は、渡したあとの様子を見ていない状態です。任せるは、渡す範囲を先に決めて、その外側は大人が持っている状態です。
同じ「自分でやってごらん」でも、渡し方によって子どもが考える範囲は変わります。
たとえば、「今日はこの三つのうち、どれからやるかは自分で決めていい」と伝えるなら、選ぶ範囲は本人に渡しつつ、何をするかという枠は大人が示しています。
一方で、まだ何をすればよいか整理できない段階の子に「好きにやっていい」とだけ伝えても、どこから始めればよいか分からないことがあります。これは、やる気の問題とは限りません。判断するための材料がまだ足りていない場合もあります。
任せるとは、丸ごと手を離すことではなく、その子が今決められる幅を選んで渡すことです。幅を決めずに全部投げると、放置に近づきます。
「もうできること」と「まだ手がいること」を分けてみる
学習を進める動きは、ひとまとまりに見えて、いくつかに分かれています。たとえば、
- 何時から始めるかを決める
- その日に何をやるかを決める
- どこが分かっていないのかを言葉にする
- 一週間分の予定を組む
- うまくいかなかったときにやり方を変える
同じ子でも、項目ごとにできる度合いは違います。始める時間は自分で決められても、「どこが分からないのか」を整理するのはまだ難しい、ということもあります。
分からない場所を特定する動きは、思っているより難しいものです。式の途中で止まっているのか、そもそも問題文の意味が読めていないのか。区別するには、自分の頭の中を一度外から眺める必要があります。
だから、任せる/任せないを子ども単位で決めると、たいてい合いません。項目ごとに、今どこまでできているかを見る方が実際的です。
知らないこと、やり方を知らないことは、教えていい
「教えると自分で考えなくなるのでは」と心配される方は多いです。
ただ、考える手前の段階で止まっている場合があります。やり方そのものを見たことがない、という状態です。
分かりやすい例が、丸つけや間違い直しです。もし「間違えた問題に印をつけ、正しい答えを書けば終わり」としか知らなければ、そこから先の学習方法を自分で考えるのは難しいでしょう。
どこで間違えたのかを見る、もう一度解き直す、必要なら似た問題に取り組む。こうした方法を知らないのであれば、大人が手順を示して構いません。
方法を教えることと、すべての判断を大人が代わりにすることは別です。やり方を知ったあと、その方法をいつ使うか、どこまで自分で進めるかは、できる範囲から本人に任せていくことができます。
「教えること」と「子どもの代わりに考えること」の違いについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

任せたあとも、困ったら戻ってこられるかどうか
放置との分かれ目は、たぶんここです。
子どもから何も言ってこないからといって、必ずしも順調に進められているとは限りません。聞き方が分からないこともあれば、自分がどこで止まっているのか整理できていないこともあります。
だからこそ、任せたあとも、必要なときに戻ってこられる状態を残しておくことが大切です。
「分からなくなったら聞いていいよ」「終わったら一度見せて」といった入り口があるだけでも、完全に切り離すのとは違います。手を出しすぎないことと、関わりをなくすことは同じではありません。
失敗させれば自立する、とは限らない
「失敗から学ぶ」と言われますが、失敗しただけで次の行動が自然に変わるとは限りません。
大切なのは、何がうまくいかなかったのかを本人が振り返り、次に変えられるところを見つけることです。
たとえば、テスト前の学習が思うように進まなかったなら、「勉強不足だった」で終えるのではなく、いつから始めたのか、どこで予定がずれたのか、何に時間がかかったのかを見直すことができます。
自分だけでは整理できないなら、大人が一緒に振り返って構いません。失敗を経験させることそのものより、そのあとに次の一手を考えられることの方が重要です。
学年ではなく、その子の今で任せる範囲が変わる
「小学生はここまで、中学生からはここまで」と線を引きたくなりますが、実際にはうまくいきません。
計画を立てた経験がなければ、中学二年生でもそれが一回目です。逆に、小学四年生でも、毎日やる分を自分で決めるところまでできる子はいます。
条件が変わったときも動きます。部活が始まった、進度が上がって内容が難しくなった、塾の曜日が変わった。それまで回っていた子が、急に回らなくなることがあります。
「前はできていたのに」と感じる場面の多くは、後退ではありません。条件が変わって、今までの決め方が合わなくなっただけです。
うまくいかなければ、いったん手を戻していい
一度任せたら、もう戻せない。そう思っている方が意外と多いです。
戻すのは失敗ではありません。渡す幅を測り直しただけです。
たとえば、一週間分の学習計画を任せてみたら、三日目で崩れたとします。ここで全部取り上げてしまうと、また指示待ちに戻ります。かといってそのまま放っておくと、崩れたまま一か月経ちます。
幅を狭めるのが現実的です。「今週は火曜と木曜の分だけ決めよう」でいい。一週間が長すぎただけかもしれません。二日分で回るようになってから、また伸ばせます。
渡す、崩れる、狭める、また渡す。この行き来を繰り返しているうちが、いちばん動いている時期だと感じます。
学習計画について、どの部分を一緒に考え、どこから本人に任せるかはこちらの記事で詳しく整理しています。

自立とは「一人で全部できること」ではない
サンライズでは、自学力を、必要なときには助けを求めながら、自分で考えて学習を進めていく力として考えています。
サンライズが考える「自学力」については、こちらの記事で詳しく整理しています。

助けを求める部分を外していないのは、意図があります。
自分で学習を進められる子は、何も質問しない子とは限りません。むしろ、自分がどこまで分かっていて、どこから分からないのかを整理できれば、必要なところで助けを求めることができます。
「ここまでは分かったけれど、この先が分からない」と言えることも、自分の学習状態を把握する力の一つです。
一人で全部抱えることを自立と考えてしまうと、必要なときに助けを求めることまで否定することになります。
任せるとは、渡す範囲を決め直し続けること
任せることと放置することの違いは、手を出す量ではありません。
やり方を知らないなら見せる。判断できる部分は渡す。崩れたら幅を狭める。困ったときに戻ってこられる場所を開けておく。渡す範囲を、その子の今に合わせて決め直していく関わりが、任せるということだと考えています。
放置は、その決め直しをやめた状態です。形だけ見れば、どちらも親が口を出していません。けれど、中で起きていることはまったく別です。
「どこまで任せるか」で悩んでいるとき、答えは学年別の目安の中にはありません。今週その子が何をどこまで決められたか、どこで止まったか。手元にある材料は、たいていそこにあります。


