子どもの学力は地頭だけで決まる?|学習意欲を支える家庭環境の考え方

「うちの子は地頭が良くないから、この先そこまで伸びないのでは」と感じたことはありませんか。学力は生まれ持った能力だけで決まるわけではない、とよく言われます。ただ、その反対に「家庭の環境さえ整えれば必ず伸びる」という話でもありません。この記事では、子どもの学習意欲と家庭環境の関係を、どこまでが家庭にできることなのかという線引きも含めて整理します。
「地頭だから仕方がない」と考えると、見えなくなること
地頭という言葉は便利です。説明のつかない差をひとことで片づけられます。
ただ、いったんそう考えると、その後に起きることの受け取り方が変わります。
たとえば、同じ単元のテストで点が取れなかった場面を考えてみます。「もともと向いていないのだろう」と考えるのと、「どこで間違えたのだろう」と答案を見るのとでは、その後の対応は変わります。
同じ一枚の答案でも、どこに目を向けるかによって、次に考えることは違ってきます。
もちろん、生まれ持った得意・不得意はあります。ここでお伝えしたいのは「地頭は関係ない」ということではありません。早い段階で「この子はここまで」と決めてしまうと、学び方や取り組み方によって変わる可能性まで見えにくくなる、ということです。
学力は一つの要因だけで決まるものではない
「地頭が良い」という言葉には、さまざまな力がまとめて含まれています。
初めて見る問題にどう取り組むか、学んだことをどの程度覚えているか、間違えたあとにどう直すか、以前に学んだ内容と結びつけられるか。こうした力は、すべてを一つにまとめて考えるより、分けて見た方が分かりやすくなります。
生まれ持った得意・不得意だけでなく、これまでの学習経験によって変わっていく部分もあるからです。
たとえば、分からない問題に出会ったとき、すぐに答えを求めるのか、もう一度問題を読み、自分なりに考えてみるのか。この違いには、これまでどのように学んできたかも関係します。
分からないときにすぐ答えを教えてもらうことが多かったのか、自分で考える時間があったのかによって、問題への向き合い方が変わることもあります。
岡山朝日高校のように、知識を覚えるだけでは対応しにくい問題も出題される高校を目指すのであれば、初めて見る問題にも自分で考えて取り組む経験は大切です。
今できる問題を増やすだけでなく、分からない問題に出会ったときにどう考えるかも、日頃の学習で育てていきたい力の一つです。
家庭環境が学習に影響するとは、どういうことか
子どもが勉強に向かえない理由については、こちらの記事で詳しく整理しています。

家庭環境と聞くと、机や参考書、通う塾のことを思い浮かべるかもしれません。ここで言いたいのは、そこではありません。
家庭環境には、机や参考書といった物理的な環境だけでなく、分からないことをどのように扱うかという日々の関わりも含まれます。
たとえば、子どもが「分からない」と言ったときに、「なんでこんなのが分からないの」と返すのか、「どこまでは分かった?」と確認するのかでは、その後の会話は変わります。
後者であれば、何に困っているのかを確認しやすくなります。それだけで成績が上がるわけではありませんが、必要な手助けを考える材料にはなります。
家庭では、こうして子どもの今の状態を確認しやすい関係をつくっておくことも大切です。
挑戦できる余地を残しておく
失敗の話は、しばしば極端に語られます。「失敗させた方が成長する」という言い方もあれば、「失敗させないように準備してあげるのが親の役目」という言い方もあります。
どちらも、そのままでは使いにくい考え方です。
失敗そのものに価値があるわけではありません。ただ、失敗しない範囲だけで過ごしていると、うまくいかなかったときにどうするかを試す機会がなくなります。
たとえば、いつも簡単に解ける問題だけに取り組んでいれば、間違えることは少なくなります。一方で、少し考えなければ解けない問題に取り組む経験も必要です。
大切なのは、難しい問題を与えることそのものではなく、分からない問題に出会ったときに考えたり、必要なら助けを求めたり、もう一度取り組んだりできることです。
過去の保護者セミナーでも、子どもが失敗しないように、あらかじめ準備してきたことを振り返ったという声がありました。失敗させないようにすることが、本当に子どものためになっていたのかを考え直したという内容です。
家庭で残しておきたいのは、うまくいかなかったときに、もう一度やってみられる余地です。点数が悪かったときにも、結果だけで終わらず、「どこが分からなかったのか」「次はどうするか」を考えられることが大切です。
「成功体験」は、成功させてあげることではない
成功体験を積ませましょう、という言葉は広く使われています。ここは誤解が生まれやすいところです。
簡単な課題を用意して正解させるだけでは、本人が「自分はできるようになった」と感じるとは限りません。
大切なのは、以前できなかったことができるようになったり、自分で考えて最後まで取り組めたりするなど、本人自身が変化を感じられる経験です。
たとえば、昨日解けなかった問題を、翌日に何も見ずに解けたとき。自分で決めた順番で進めて、最後まで終わったとき。前は式を立てるところで止まっていたのに、今日は最後の計算まで進めたとき。
こうした場面には共通点があります。自分でやってみて、途中で行き詰まって、やり方を変えて、できるようになっている。他人から渡されたものではなく、自分の手で動かした結果である、ということです。
だから家庭でできるのは、成功を用意することではなく、その子が自分で進んだ部分を見つけて、そこを話題にすることの方だと考えています。
結果だけを見ていると、見落とすもの
過去の保護者セミナーでは、結果ばかりを見ていたことに気づいた、という声もいただきました。テストの点数や検定の合否だけで判断していた、という振り返りです。
点数は、たしかにわかりやすい情報です。ただ、同じ七十点でも中身は違います。
たとえば、計算のミスで三十点を落とした答案と、後半の応用問題に手をつけられずに三十点を落とした答案。数字は同じですが、次にやることはまったく別です。前者は見直しのやり方の話になりますし、後者は解き方を知っているかどうかの話になります。
答案を見ないまま「七十点だったのね」で終わると、この違いが家庭からは見えません。
過程を見る、というのは、過程をほめるということとは少し違います。ほめる前に、まず何が起きたかを見る。それだけでも、かける言葉は変わってきます。
「声かけでやる気を引き出す」という言い方について
「親の声かけ次第で、子どものやる気を引き出せる」と言われることがあります。この考え方についても、少し注意が必要です。
たしかに、かける言葉によって子どもの反応は変わります。ただ、これを技術として捉えると、うまくいかなかったときが苦しくなります。正しい言葉をかけたのに動かない、自分のやり方が悪いのだ、と保護者の方がご自身を責めることになりかねません。
そして、子どもの側から見ると、言葉を選んで働きかけられていること自体は、わりと伝わっています。動かそうとされている、と感じたときに反発が出ることもあります。
やる気は、外から直接動かせるものではないと考えた方が、結果として無理がありません。家庭にできるのは、条件をそろえておくところまでです。興味を持てる機会がある、少し難しいことに手を出せる余地がある、うまくいかなくてもやり直せる、困ったときには聞ける。
そのうえで、動くかどうかは本人の側にあります。ここを分けておくと、家庭の側も長く続けられます。
大人ができるのは、学びやすい環境を整えること
サンライズでは、自学力を「一人で何でもできる力」とは考えていません。必要なときには助けを求めながら、自分で考えて学習を進めていける状態を指しています。
サンライズが考える「自学力」については、こちらの記事で詳しく整理しています。

ですから、教えるべきことは教えます。知らないことは、知らないまま放っておいても身につきません。
一方で、本人が自分で考えられることまで、大人が代わりに決める必要はありません。必要なことは教えながら、自分で考えたり選んだりできる部分は本人に任せていきます。
「任せること」と「放置すること」の違いについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

たとえば、家庭で質問されたときに、答えを言う前に「どこまで進んだ?」と一度聞いてみる。今日どの順番でやるかを、本人に決めてもらう。間違えた問題について、なぜそう考えたのかを聞いてから説明する。
どれも小さなことですが、自分で考えたり決めたりする経験を積む機会になります。
学習内容が難しくなるほど、誰かから指示されたことだけをこなすのではなく、まず自分で考え、分からなければ助けを求め、もう一度取り組む力が必要になります。
まとめ
学力が生まれ持った能力だけで決まるわけではない、というのは、裏を返せば「家庭の関わり方で自由に変えられる」という意味でもありません。どちらも単純すぎます。
家庭でできるのは、興味を持つ機会をつくること、少し難しいことに手を出せる余地を残すこと、うまくいかなかったときに結果だけで判断しないこと、そして必要なときに支えながら、本人が考える場面まで取り上げないことです。
生まれ持った得意・不得意を、家庭で変えることはできません。ただ、今日どのように問題に取り組んだのかは見ることができます。どこで分からなくなったのか、質問できたのか、そのまま飛ばしたのか。そうした様子を見れば、次にどんな手助けが必要なのかも考えやすくなります。


